わたしと英語

先日、こちらの記事で英訳をしました。

訳を見てくださった方より、英語を褒めてもらいとても嬉しかった!

わたしと英語。


振り返ると、挫折の思い出が多い。


高校の時のホームステイで全くホストファミリーと英語が通じなかったこと。

その後、大学の英語科に進むも、英語圏の人とおしゃべりが楽しめない。

前職での海外出張。原稿を読み上げることはできても、咄嗟の質問にしどろもどろ・・・


でも、英語のシンプルな表現は大好きで。

それは、英語の駆け込み寺の和尚(片野拓夫先生)がきっかけ。

社会人になって、数年ほど、通っていた、英語塾。


先生の授業は目から鱗の連続で、

英語の思考・発想をとことん教え込んでくれる授業でした。

真理を簡潔な、中学生の英語で言い切る技術。

振り返ると、スピリチュアルな人でもあったなあ、「神との対話」を教えてくれた先生でもあります。


子供を産んでから、駆け込み寺にもいかなくなり、

学習からも疎遠になっていたのですが、、、


身近な素晴らしい人たちの発信。

それを英語にしたい、と、コソコソ、ノートで英訳を始めました。


その作業が楽しくて。

言葉の真意に別角度から切り込む作業で、理解度アップに繋がるし、

これを英語にしたらもっと多くの世界の人に届くんじゃないか、という思いが芽生えます。


そう思っていたタイミングで、数秘仲間の野田玲奈ちゃんにメッセージをもらって。

あぁこのメッセージは、わたしの胸の中だけにおいておくのは勿体無いと思いました。

さらに、世界の誰かに届いたらいいな、という欲が出ました。

公開と英訳を快諾してくれた野田玲奈ちゃんに心から感謝です。


公開したからといって、英訳したからといって、

何か現実が変わった訳ではありません。

英語の表現もまだまだです。

「何になるの?」と問いかける自分のエゴもあります。


でも、何だかやめられないのです。


今も、いろいろな方の発信を、英訳してノートに書き留めています。(基本、公開目的ではなく、あくまで自分のために)

力強いメッセージは、内面にブレがないから。

そのメッセージを、世界観を壊すことなく、英語にしていく作業は、

時間を忘れ、己を忘れ、無になる作業。


一種の瞑想なのかもしれない。

目の前のことをあるがままに、英語で表現することも、いい練習。たとえばこのグラスとか。



そしていつか、自分が力強いメッセージを発信できる側になれるよう、鼓舞する作業。

英語の苦い思い出を上書きする作業でもあるかな。


皆さんに届けたいな、と思う訳文ができたら、ちょいちょい発信していくと思います。

その際は、生暖かい目で(笑)見守っていただけると幸いです。


長々と最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。













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